中国の次の革命 ギ・ソルマン

 ギ・ソルマンの「幻想の帝国」の邦訳が最近出版されたが、ソルマンが「ファーイースタン・エコノミック・レビュー」(7月3日)に「中国の次の革命」と題するエッセイを載せている。ソルマンは豊かな都市と貧しい地方の間の階級闘争は厳しいものになるであろうと予測している。以下拙訳。

 中国共産党の指導者たちは、中国は歴史的・経済的に特殊なケースであると世界に信じてもらいたいと思っている。われわれは中国を人類の進化の普遍的なルールに基づいて理解すべきであろうか?それとも、この異なるとされている文明で起きるすべてのことについて、中国中心の解釈をしなくてはならないのか?私には、中国はもちろん、他の国と同じように異なっているが、西洋で既に起きたよく知られた周期をたどるものと思われる。したがって、中国を理解するためには、孔子よりアレクシス・ド・トクヴィルのほうが今日において参考になるであろう。

 「アメリカのデモクラシー」の後に書かれた「旧体制と革命」(1856年)で、トクヴィルはフランス人がより豊かになり、自由になるにつれて、どのように王制に敵対的になったか説明した。彼はこの逆説を、高まる期待の周期として正しく描いた。フランス人が貧しく、抑圧され、絶望している時は、あちこちでの地方の反乱は除いて、彼らはおとなしいままで、国王を支持した。

 18世紀末に向かって、豊かになり、政権がより寛容になると、フランス人は落ち着きがなくなった。人々が自由を味わい始めると、しめつけに我慢がならなくなる。

 これが今日、中国で十分ありえることである。

 知っての通り共産党は、中国が新たに比較的に豊かになったのは、共産党の政治的独占と啓蒙的専制による、と主張する。確かに、中国人は今日、毛沢東政権の時より自由である。数千人の反体制派の人々が監獄に入れられているが、昔の労改とは比べものにならない。中国では今では個人の意見を表明することは許される。反党組織を作ろうとしない限り、党を批判することも許される。

 中国に通じた中国人以外の観察者は、中国人はこんなに良かったことはなかったと結論を下す。したがって、安定と共産党の独占が優先すべきであると。もしそうなら、チベットで、地震の後での四川で、少女が殺された後での貴州で起きた集団的反乱をどのように説明するのか?
トクヴィルはそうした別々の出来事の間の関連を理解するのに役立つ。中国人はこれまでになく良くなったがゆえに、ますます不満を抱いている。彼らは党に感謝しないであろう。党を排除した方がいいが、どのように党を代えるか誰も知らない。

 これは革命前夜のフランスの状況に似ている。当初はフランスの哲学者と新しい政治指導者は、王制は良くなりうると思った。憲法が採用され、法の支配が宣言された。しかし、王制は崩壊した。なぜなら、専制政治は容易には良くならないからである。

 同じことが中国の共産党にも言える。恐らく、高まる期待を満足させるのに十分早く進化することはできない。権威的政権は柔軟にはならない。抵抗するか、崩壊する。旧体制の不可避的崩壊の後に続いたフランス革命は、トクヴィルにとって、歴史的必然とは見なされなかった。遺憾な(流血の)出来事と見なされた。トクヴィルによれば、国の真の運命は民主主義であった。彼の描いた民主主義は政治体制であるばかりでなく、平等主義の文明でもあった。

 フクヤマのように、この論理は今日ではあまりに決定論的に聞こえる。だが、トクヴィルが正しかったことが証明された。トクヴィルの時代には米国にしか存在しなかった民主主義は、北朝鮮のような国を除いて、程度の差はあれ、どこにでも存在する。中国はもちろん、大きな例外である。

 確かに、村で地方選挙が行われることがある。そこでは外国人オブザーバーがポチョムキンのような雰囲気のもとで招かれる。しかし、そうした地方選挙は都市を汚染しないためのように、へき地の村だけで行われる。さらに、共産党だけが候補者を推薦でき、選挙運動は禁じられている。中央政府は、中国人はどのように投票するか「学習」しなければならないと主張する。それは非常に時間がかかる教育プロセスである。

 また、トップの選挙は党内部で行われ、共産主義者同士で行われる。この人形劇場は民主主義の始まりというより、村での宣伝の道具であり、トップの幹部の延長や政敵を無血で追い出す方法でしかない。これは昔と比べられる進歩であるが、真の民主主義にはほど遠い。

 中国は高まる期待の法則と民主主義の運命から逃れるであろうか?旧体制のフランスから現代韓国までにいたる、中国と他の国との大きな違いは中国文化にあるのではなく、共産体制にある。中国にはブルジョワジーはいない。真のブルジョワジーは政治的権力から経済的に独立している。中国においては、中産階級のほとんどは党に属するか依存している。私有財産はほとんど存在しないし、民間の事業家のほとんどは党との関係に依存している。この擬制の中産階級は、党の独占に既得権益を有しており、民主主義を望んでいない。これはトクヴィルが想定できなかった新しい種類の社会である。

 それではマルクスの出番であろうか?トクヴィルは思想の優位を信じた。マルクスは、財と経済の決定的な力を信じた。トクヴィルよりもマルクスの方が、ほとんどが都市に住む、比較的豊かな中国の中間階級である党支持者と地方の貧しい人々の間の新しい種類の階級闘争を説明できるであろう。どちらの場合も、高まる期待であれ階級闘争であれ、中国がどうなるかは予想困難であるが、安定も調和的進化もなさそうに見える。

世界の知識人100人ランキング

米雑誌Foreign Policyが行った世界の知識人100人についてのランキングの投票結果を発表した。4週間にわたり、50万人が投票したという。
候補者の日本語リストはhttp://newswire.blog95.fc2.com/blog-entry-2.html
短いプロフィールはhttp://www.foreignpolicy.com/story/cms.php?story_id=4293

1. Fethullah Gülen
2. Muhammad Yunus
3. Yusuf Al-Qaradawi
4. Orhan Pamuk
5. Aitzaz Ahsan
6. Amr Khaled
7. Abdolkarim Soroush
8. Tariq Ramadan
9. Mahmood Mamdani
10. Shirin Ebadi
11. Noam Chomsky
12. Al Gore
13. Bernard Lewis
14. Umberto Eco
15. Ayaan Hirsi Ali
16. Amartya Sen
17. Fareed Zakaria
18. Garry Kasparov
19. Richard Dawkins
20. Mario Vargas Llosa
21. Lee Smolin
22. Jürgen Habermas
23. Salman Rushdie
24. Sari Nusseibeh
25. Slavoj Zizek
26. Vaclav Havel
27. Christopher Hitchens
28. Samuel Huntington
29. Peter Singer
30. Paul Krugman
31. Jared Diamond
32. Pope Benedict XVI
33. Fan Gang
34. Michael Ignatieff
35. Fernando Henrique Cardoso
36. Lilia Shevtsova
37. Charles Taylor
38. Martin Wolf
39. E.O. Wilson
40. Thomas Friedman
41. Bjørn Lomborg
42. Daniel Dennett
43. Francis Fukuyama
44. Ramachandra Guha
45. Tony Judt
46. Steven Levitt
47. Nouriel Roubini
48. Jeffrey Sachs
49. Wang Hui
50. V.S. Ramachandran
51. Drew Gilpin Faust
52. Lawrence Lessig
53. J.M. Coetzee
54. Fernando Savater
55. Wole Soyinka
56. Yan Xuetong
57. Steven Pinker
58. Alma Guillermoprieto
59. Sunita Narain
60. Anies Baswedan
61. Michael Walzer
62. Niall Ferguson
63. George Ayittey
64. Ashis Nandy
65. David Petraeus
66. Olivier Roy
67. Lawrence Summers
68. Martha Nussbaum
69. Robert Kagan
70. James Lovelock
71. J. Craig Venter
72. Amos Oz
73. Samantha Power
74. Lee Kuan Yew
75. Hu Shuli
76. Kwame Anthony Appiah
77. Malcolm Gladwell
78. Alexander De Waal
79. Gianni Riotta
80. Daniel Barenboim
81. Thérèse Delpech
82. William Easterly
83. Minxin Pei
84. Richard Posner
85. Ivan Krastev
86. Enrique Krauze
87. Anne Applebaum
88. Rem Koolhaas
89. Jacques Attali
90. Paul Collier
91. Esther Duflo
92. Michael Spence
93. Robert Putnam
94. Harold Varmus
95. Howard Gardner
96. Daniel Kahneman
97. Yegor Gaidar
98. Neil Gershenfeld
99. Alain Finkielkraut
100. Ian Buruma

数字で見る中国

 英紙インディペンデント(5月10日)は、Simon Usborneによる「数字で見る中国」という記事を載せている。
http://www.independent.co.uk/news/world/asia/china-in-numbers-823666.html
この数字から中国のさまざまな側面が見られた興味深い。

3万:2008年に予想される中国の経営学修士号取得者の数。1998年は0。

570万:2007年に中国の大学を卒業した学生の数(1977年は27万)。

30:中国で建設中の原発の数。

500:中国が今後10年間に建設を予定している石炭火力発電所の数。

1000万:電気がない中国の人々の推定数。

97:今後12年間で建設される新空港の数。2020年には総計244に。

5億4000万:中国の携帯電話利用者数。過去半年で4400万の増加。

180:2007年に逮捕されたり、嫌がらせをされた外国人特派員の数。

67:「中国は、外国メディアに五輪までに“完全な報道の自由”を与えるとした約束を守っていると思うか」という中国外国人特派員クラブの調査に、“no”と答えたジャーナリストのパーセント数。8.6パーセントが”no”と答えた。

33:2008年に監獄にいると思われる中国人ジャーナリトの数。

95:中国で売られた偽DVDの推定パーセント。

20:毎年、上映のために中国の検閲を通った外国映画の数。「ベンハー」(宗教の描写のため)、「ブロックバック・マウンテン」(同性愛のため)、「ボラット」(近親相姦などの描写のため)などが上映禁止になった。

160:100万の人口を超す中国の都市の数。米国は9。英国は2。

80:浙江省温州市橋頭鎮の工場が生産するジッパーの世界でのシェアー(毎年、12万4000マイル、月への半分の距離に相当する)。橋頭は世界のボタンの60パーセントを生産する(年150億)。一方、近くの諸既市大唐鎮は世界の靴下の3分の1を生産する。世界のおもちゃの80パーセントは中国で生産される。中国には1万以上のおもちゃ工場がある。

2100万:米おもちゃ会社マテルに昨年リコールされた中国製のおもちゃの数。

0:1988年の自動車道路の距離。

3万:現在の自動車道路のマイル数。

630万:2007年に登録された乗用車の数(2004年は230万)。北京だけで毎日、1000台の自家用の新車が出る。

68:中国で死刑になりうると思われる犯罪の数。脱税、横領、収賄などの非暴力的犯罪を含む。
3億5000万:喫煙する中国人の数(世界の喫煙者の3分の1)。毎年、約100万人が喫煙に関係する病気で死亡していると思われる。

2400億元:2005年にたばこ税で中国政府が得たと推定される額。

13億:中国の人口。中国は世界の4億のうち、5人に1人を占める。1979年に導入された一人っ子政策で、中絶されたと推定される数。

22:人口10万当たりの自殺者数。世界平均より約50パーセント高い。自殺は、中国の死亡原因で5番目。20歳から35歳の間では1番。

70万:中国のHIV・エイズ患者の数。国連は、措置が取られないと2010年までに1000万に達すると警告している。

450億:中国が毎年生産するはしの推定数。大多数が使い捨て。2006年、中国は同国の森林保護のために、使い捨てのはしに5パーセントの税を導入した。

30:北京のペニス専門料理店、鍋里荘のメニューにある異なる動物のペニスの数。ヤクは約15ポンド、トラ(事前の注文が必要)は3000ポンド。
(1ポンドは約2ドル)


チベットとチベット人亡命者の溝

 カナダのブリティッシュ・コロンビア大学のチベット専門家、ツェリン・シャキャがファーイースタン・エコノミック・レビュー誌5月号で、3月に起きたチベットの騒乱は外国による扇動で起きたとする説に反論する記事を書いている。シャキャが取り上げているのは先のエントリーで紹介した、ウィリアム・エングダールの記事とそれを基にしたシンガポールのストレーツ・タイムズ紙記者の程翔による記事である。
シャキャによれば、この2つの記事はインターネットやCCTVなどの中国の政府ニュース・メディアで広く取り上げられたという。エングダールは、米国のNational Endowment for Democracy(NED)の資金援助を受けたチベット亡命人グループに関する情報を基に、チベットの騒乱は米国政府の支援を受けたNGOが引き起こしたと主張する。

 シャキャは、チベットにいるチベット人と亡命チベット人のつながりについて誤解があるとする。また2つの記事は、どのような策謀があったのか明らかにしておらず、証拠も示していないし、資金以外にそうしたNGOと策謀を結びつける証拠も示していないと述べている。

 シャキャの記事の要旨は次の通り。

 著者たちは、そうしたNGOが何をし、どのような働きをしているのかを説明していない。例えば、著者たちに名指しされた主要な組織で、ニューヨークに本部があるTrace Foundationは、チベットで教育、開発、医療のプロジェクトを支援している。それは中国政府の正式な承認を受け、中国国内で活動している多くのNGOのひとつである。反中国と誤解されかねないような活動に関与したという記録はない。中国は定期的にそうしたNGOについて長期にわたる安全評価を実施しており、そうした証拠が見つかれば、公表されているはずである。Traceは中国で活動しているどのNGOより、どのような政治的グループや活動とも慎重に距離をとっており、それが数十年間にわたって中国で活動できた理由のひとつである。

 Trace Foundationはこの点で非常に厳格なので、親チベットのロビイストや一部の亡命者は、Traceが中国を支持していると非難している。Traceが中国の体制を受け入れ、その中で働いているためだ。Traceがチベットの政治や騒乱に関与したという証拠があるなら、著者たちはそれを示しているはずだ。ところが実際には、証拠としているのは、Traceの創設者が、さまざまな国で民主化のプロジェクトを支援している投資家で慈善家のジョージ・ソロスの親族であるということだけである。

 エングダールや程がしている論議は当てこすりである。つながりとは彼らの心の中で築きあげたものだ。彼らの思考の背後、(チベットでのすべての騒乱はCIAからダライ・ラマにまでいたる外部の者によって引き起こされたと主張する中国当局の思考の背後にあるものは)、亡命チベット人グループはチベット内での政治活動に関与しているという思い込みである。

 インドにいる難民は、ある種のイデオロギーを発達させ、民族主義的感情を形作り、彼ら自身をチベットとチベット人の守護者として見なすようになった。これは彼ら自身をチベット人の「真の」代表と見なし、チベット内のチベット人を単なる受け身の犠牲者として見なす見方に近くなった。チベット内のチベット人に対しおしつけがましい態度をとることが多くなった。その結果、チベット内のチベット人とチベット外のチベット人の間の文化的・社会的溝は非常に大きい。

 例えば、チベット内のチベット人は中国のポップ音楽を好むが、インドのチベット人はボリウッドを好む。2つのチベット人のグループの間の溝は単に文化的なものかもしれないが、実質的な政治的交流には大きな障害である。

 インドやその他のチベット人組織がNEDやその他の西側筋から資金を受け取っていたのはよく知られたことである。エングダールの情報はNEDのウェブサイトから引き出したものにすぎない。これは明白な証拠とは言えない。インドの亡命者へ送られた資金がチベットで使われたとは示していない。西側から資金を受け取った亡命者組織はインドでしか活動していない。チベット内で活動する能力はゼロである。

 陰謀論者は、インドとチベットのチベット人の間で、思想と人々の自由な流れと交流があると思っている。だが、そのような流れはない。インドのチベット人がチベットを旅行するのは事実上、不可能である。なぜなら、中国政府が祖国を旅行したいと思っている者は中国の旅行書類を得るように要求しているからである。外国のパスポートを持っているわれわれのような者でさえ、中国のビザを得るのは難しい。特にチベット自治区といわれている中央チベットを旅行したい場合は特にそうである。

 中国によりテロ組織にされているチベット青年会議は、インドのチベット人にとって最大の社会・政治組織である。そのメンバーは、ほとんど全部がインド生まれのチベット人である。その政治戦略はインドの政治文化の影響を受けている。だが、彼らはその言動をチベット内で実際の行動に移すことはできない。

 チベット内である程度、接触を持っていると言うことができる唯一の団体はGuchusumである。その団体の名前は、1980年代後半にラサで起きたデモの日付のチベット語からきている。そのデモに参加し、そのために投獄された人々によって設立された。彼らはチベットから比較的最近にやってきたために、チベット内に家族や社会的なネットワークを持っている。けれども、このグループは小さく、ほとんど福祉団体として機能し、政治犯であった人やチベットから新たに逃れてきた人々のためのネットワークを支援している。これを除いて、内部的つながりを持った組織はほとんどない。

 これは、チベット内の人々が亡命者や外国人の見方や活動について知らないということではない。チベットとチベット人の間で大きな影響を与えた米国の取り組みのひとつが、チベット語放送を設けるという1991年の「米国の声」と1996年の「ラジオ・フリー・アジア」の決定であった。これも、秘密の活動や騒乱のための秘密の連携ということではない。そうした番組は、人々が違ったニュースソースに飢えている社会で、それを提供しているだけである。

 チベットでの最近の暴動とデモを引き起こした要素の中で一番重要なものは、パンチェン・ラマ10世選びで中国が1995年に犯した大きな間違いである。共産党は一般チベット人の願いと慣習を無視して、彼らが選んだパンチェン・ラマを押しつけた。彼らは、チベット人の大多数と中国におけるチベット仏教徒の反対にあった。党は、以前は政府を支持していた僧院さえ敵に回した。パンチェン・ラマの伝統的な居場所であるチベット第2の町、セガツェにあるタシルンポ寺はその少年の受け取り拒否し、その少年を受けとることを認めたラマや僧院はない。かわいそうなその少年は北京の宮殿に閉じ込められている。

 1990年代後半になると、僧院は危機を迎えた。党が僧院の空間に侵入し出す一方、多くの長老のラマが老齢のために亡くなり始めた。タール寺からカルマパやArgya・リンポチェら長老のラマが外国に逃亡した。最もえらいラマがいなくなり、チベットで指導層がいなくなった。過去において、そうした長老のラマは穏健な声として、また、僧や社会をなだめるものとして、行動した。党は仲介者として彼らを使うことが多かった。

 党は、彼らがいなくなれば、伝統的権威を壊すいい機会だと見なした。中国の反体制家のように、外国に亡命すれば、その重要性はなくなると考えた。党が気付かなかったことは、反体制の知識人とは違って、ラマがどこにいようと、そのラマの僧院と信徒はそのラマの言うことを聞き、指導者と見なしたことだ。

 ラマの亡命は予期しない結果をもたらした。1980年代と1990年代のチベットにおける独立を求めるデモは、ラサを越えて広がることはなかった。なぜなら、ほとんどのラマは、態度を決めかねていたし、信徒をなだめるために影響力を使った。今年は、抗議が起きたほとんどの地域は、長老のラマがチベットを離れ、インドに行ったところであった。

 チベット内のラマとインドのラマの間のつながりを作り出したのは、チベットから最近着いた長老のラマである。2000年初めには、青海と四川のチベット人地域からますます多くの人々がインドに来るようになった。1980年代と1990年代には、インドに来るチベット人はほとんどが、チベット自治区からであった。過去10年の間には、インドに来る人々は、ほとんどが東チベットからである。これは、チベット自治区と東部地区の間の政策の違いとして部分的には説明できるが、部分的な説明でしかない。

 ほとんどは、地元のラマがインドにいるからきたのである。宗教的な教育やイニシエーションを受けるために行かなければならなかったのである。チベット仏教は複雑で、宗教実践や宗教知識を伝えることは、本を読むような簡単なことではない。知識の伝達は、現在の師を通じた、ブッダから言葉を聞いた最初の弟子からの教えという不断の伝達という考えとともにある。そうしたつながりが示されないと、教えは正当性を持たない。

 チベットを離れたラマはインドに僧院を建てた。ラマがどこにいようと、そこがラマの正当な居場所と見なされる。従って、チベットの僧院はすべて、指導と宗教の教えの源として、外を見る。チベットの歴史的な僧院とインドに新しく建てられた僧院の間の人々の流れは1980年代から、絶えず続いた。毎日、電話をする。僧がインドに2、3年間過ごし、チベットに戻るというのはよくあることである。同様に、チベットからの僧が教育のためにインドに来なければならない。なぜなら、知識を伝え、灌頂を授けることができるラマはチベットにはごくわずかしかいないからである。

 僧院は、NEDやその他の西側政府機関から一銭も資金は受け取っていない。事実、近年、チベット仏教の最も大きく、惜しみない支援者は香港、台湾、マレーシア、シンガポールの中国人社会のメンバーである。布施をする中国人は予算も会計も求めない。通常の敬けんな信者のように、数千ドルを渡すだけである。チベット内の国境を超えた政治的経済的影響力のもとをたどると、それは亡命者でも西側の人間でもなく、開発NGOでさえもなく、中国人信者である。

 陰謀論者が資金をたどり、策謀を探りたいなら、西側の陰謀ではなく国民党の陰謀として見なければならないであろう。陰謀論者は外国勢力の投影という不気味な空想を描くのではなく、チベットでの政策と失敗の歴史を学習し、チベットで実際のチベット人と話し合えば、より多くのことを学ぶであろう。

原文
http://www.feer.com/essays/2008/may/the-gulf-between-tibet-and-its-exiles

米運営の放送のチベット報道、中国を怒らす

米運営の放送のチベット報道、中国を怒らす
妨害電波への完全なる撃退法はゴムバンド
NICHOLAS ZAMISKA and GEOFFREY A. FOWLER
ウォールストリート・ジャーナル(4月29日)

 【香港】先月のチベットでの騒乱の最初の報道は、主要な新聞や通信社あるいはテレビ局からでもなかった。それは米国が出資している短波放送からであった。その放送は聴取者に、アルミ箔とベニヤ板、ゴムバンドで中国の妨害電波をかいくぐるよう助言している。

 現在年間3400万ドルの議会からの予算で、ワシントンに本部のあるラジオ・フリー・アジア(RFA)は、中国語、チベット語、中国の新疆地方のトルコ語系の言葉であるウイグル語など9の言語でアジアに関するニュースを全域に向けて放送している。
 
 チベットでの危機についてのRFAの報道は、米国政府の冷戦時代の放送をめぐる中国との昔からの面倒事を再燃させた。一方で、放送の使命をめぐる以前からある問題も浮き彫りにさせた。つまりその放送はニュース機関なのか、それとも宣伝機関なのかである。

 外務省広報官によると、中国政府はその放送が「中国について客観的でなく、不公正でバランスの取れていない報道を長期間にわたってしてきた」と主張する。 「多くの外国メディアがチベットについてのその放送のニュースを報じたことをわれわれは知っている。そうした不正確なニュースは、中国人民と外国のメディア専門家から多くの非難を招いている。われわれはRFAが今後、中国について客観的で、公正でバランスのとれた真の情報を報じるように望む」と広報官は述べた。彼女は、その誤りが何を指すのか特定しなかった。

 RFAは、正当な仕事をしていると主張する。同放送の広報官、Sarah Jackson-Hanは「われわれは第一番に最良で、最も信頼のおけるニュースを得ようと激しく競争している」と言う。

 RFAはチベットに有給のスタッフを持たない。最近の騒乱まで、頻繁にチベットに旅行していた2人のフリーの記者がいる。チベット語の番組制作をするスタッフはワシントンに30人以上いる。チベットの一部の僧侶は、RFAのニュースはいつも聞いていると言う。

 チベットでの騒乱についてのスクープは、RFAのトークショーから出た。ワシントンの3月10日の朝、RFAの記者はいつもの筋からスカイプを通じたインスタント・メッセージを受け取った。そのメッセージは、ラサに向かっていた約300人の僧侶が中国の警察に阻止されたというものであった。「治安軍と僧侶の間で衝突もあった」とメッセージは伝え、「僧侶の一部は負傷し、50人から60人が拘束された」と述べていた。

 スカイプを使って、RFAの記者はチベットにいる別の筋と連絡を取り、その筋は拘束のニュースを裏付けた。RFAはワシントン本部のスタジオからそのニュースを生で流し、中国全土に放送した。

 RFAは暴動での死者が出たことも最初に報じた。Jackson-Han氏によると、RFAは複数の人々から通報を受けた。彼らは事件を目撃した。ひとりは「2人が警察に撃たれて、彼の真ん前で死んだのを実際に見た」と彼女は語った。

 RFAの報道は、ウォールストリート・ジャーナル紙やニューヨーク・タイムズ紙など世界中の新聞に引用された。中国政府は、ラサでの暴動で約20人が死亡し、そのほとんどが漢族であると言っている。チベット亡命グループは、その後の鎮圧で100人以上のチベット人が殺されたと言う。同放送はその後、反政府分離主義者に直面している新疆でのウイグル族の騒乱についてのニュースも報じた。

誰も耳を傾けない孤独な声

 RFAは、太平洋の北マリアナ諸島と公表されていない10数か所の地点から放送されている。その放送は短波に依存している。なぜなら、気候や時刻、太陽からのエネルギーの爆発次第であるが、1台の送信機で全大陸に向けて放送することができるからである。その技術は1920年代に開発され、英帝国がロンドンと遠く離れた植民地の間でメッセージを伝えるために使われた。

 中国政府はRFAの放送を、同じ周波数に京劇や葬式の音楽、ゴング、雑音、その他の干渉を放送して妨害し、事実上、RFAの送信をブロックしている。中国の国家広播電影電視総局はRFAの妨害についての質問に返答しなかった。

音楽で妨害されるRFAチベット語放送

 RFAのウェブサイトも中国でブロックされているが、妨害電波がRFAを完全にはかき消すことがないようにラジオのアンテナをどのように改造するかのやり方を説明している。必要なものは4つの留め金、2個のゴムバンドかひも、2枚のアルミ箔、2本の小さなワイヤー、木の板。「ベニヤ板か似たようなもので大丈夫」と説明は言う。

 RFAは1994年に議会によって設立された。それは「米国の声」も運営する放送理事会の下にある。RFAの幹部は、同放送が中央情報局(CIA)と関係があるとの主張を否定する。1950年代に同じ名前で運営し、現在の放送局とは関係がない放送局はCIAと関係があったかもしれない、とRFAは言う。

 放送理事会のジェイムズ・グラスマン会長は最近、Asia Times Onlineへの手紙で、RFAのスクープは「苦労して得られてきた。主に、信頼のおける筋を育てることによってである」と述べた。同会長は、香港に本部のあるインターネットのサイトであるAsia Times Onlineが、RFAはCIAのために働いているという記事を掲載したため、その手紙を出した。

 RFAの批判者は、同放送が中国の反体制派や内紛についてのニュースに多くの放送時間を割き過ぎていると言う。コロンビア・ジャーナリズム・レビューの1999年の記事でVOAのマーク・ホプキンス元支局長は、RFAとその姉妹局での「番組での偏向は明らかである」と書いた。そうした局は中立であるべきという設立時の指示があるが、米国の放送制作責任者は「外国人の考え方、住み方、統治のされ方に影響を及ぼすよう使命を持っていると信じている」と彼は書いた。

再び最新の話題

 広報文化・交流担当国務次官のカレン・ヒューズの後任としてグラスマン氏を指名したことで、政府運営の放送の客観性が再び政治的な問題になった。1月に議会で証言に立ったグラスマン氏は、イランでの放送が十分に親米的になっていないという非難を受けた。

 「われわれはプロパガンダをしているのではない」とグラスマン氏は言った。彼はイスラム過激派のメッセージに積極的に対抗するために働くと語った。だが、彼は「米国の声」などの放送は「正直でなければならない」と強調した。グラスマン氏の指名はまで承認されていない。

 2004年に引退したRFAの創立社長のDick Richterは、RFAのアイディアを最初に聞いた時は、不審に思ったという。「放送の主な目的は政府の右派共和党派の要求を満たし、基本的に主な目的は“アカを殺す”ことになる放送になるだろうと考えた」と彼は言う。「だが、わたしは“それはわれわれがしようとしていることではない”と言った。法案は、われわれは客観的でなければならないと言っている」。

 中国やアジアでRFAの聴取者がどれだけいるか信頼できる推計がない。「対象にしている地域のほとんどで、人々は信用できる人以外には聞いていることを隠している。北朝鮮では、聴取者は、配偶者や特に子供たちにも聞いていることを隠すとわれわれに語った」とRFAの対外関係ディレクターのJohn Estrellaは語る。

 RFAの記者は、カバーする地域の多くで入ることを公的に許されていない。記者たちは、電話やスカイプなどの暗号化されたインターネットの通信プログラムに頼っているという。Richter氏によると、RFAは人権団体や労働組織と関係のある人々を雇うこともある。なぜなら、彼らは情報通であるからである。

 RFAのコールイン・ショーでは、聴取者はワシントンなどのRFAのオフィスの番号へコレクトコールをかけてくる。そして、放送局が情報筋を構築し、情報を集めるのを助ける。RFAによると、コールインの番号は時々、コンピュータの自動ダイヤルによる妨害を受けるという。

 Jackson-Han氏によると、RFAは手掛かりを得るために、タイとミャンマーの国境地帯のジャングルなどジャーナリストの立ち入りが禁止されている場所へ密かに記者を派遣した。中国の病院が臓器を売るために患者から摘出しているという情報を得て、ひとりの記者がその病院を隈なく回った。「われわれの記者は臓器摘出を確認できなかった、それでその話には触れなかった」とJackson-Han氏は言う。
                                               (翻訳 鳥居英晴)

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