憤青―新しい世代のネオコン民族主義

唐青年

Evan Osnosがニューヨーカー誌で「憤青―新しい世代のネオコン民族主義」と題する記事を書いている。憤青とは中国の怒れる若者のことである。

原文

記事はチベット暴動の後にインターネットに現れた民族主義的なビデオの作者とその仲間にインタビューして書かれている。憤青の思想的背景に米国のネオコンの思想的支柱との言われるレオ・シュトラウスの影響を受けた部分があるというのは興味深い。

そのビデオは4月15日、中国のポータルサイト、新浪に”2008 China Stand Up!”と題する短いビデオである。それにはナレーションもなく、CTGZというイニシャルしかなかった。

ビデオ

6分ほどの長さのビデオは3月に起きたチベット蜂起の後に現れた民族主義のムードを捉えた。最初の10日間ほどの間にそのビデオには百万以上のヒットと数万の好意的なコメントが寄せられた。

天安門事件から19年がたったが、この春、再び立ち上がった中国の若いエリートは。自由な民主主義を求めてではなく、主権と繁栄を守るためであった。

そのビデオを作ったのは上海の復旦大学の28歳の学生、唐杰。彼が初めて作ったビデオであった。唐はサウンドトラックにはヴァンゲリスの「1492 コロンブス」を選んだ。唐は西洋哲学を専攻している。彼は現象学、特にドイツの哲学者、エトムント・フッサールが理論化した「間主観性」という概念を専攻している。

CTGZは古典の詩からの二つのあいまいな言葉からとった。changting(長亭?)とgongzi(公子)である。唐は学者としての客観性を保つために、共産党には入党していない。彼の蔵書にはプラトン、老子、ウィトゲンシュタイン、フュステル・ド・クーランジ、ハイデッガー、コーランがある。

3月にラサで暴動が始まると、彼はニュースを綿密に追った。中国の公式メディアに加え、米国と欧州のニュースサイトからの情報を得た。政府のファイアーウォールをくぐる手段があるのだ。

「そのようなシステムになっているので、われわれは常に洗脳されているのではないかと疑う」と彼は言う。「われわれはいつも違ったソースからの情報を得ようとしている。いわゆる自由制度にいるあなた方は、あなた方が洗脳されているかどうか考えることは決してないであろう」。

唐は杭州に近い農家の出身で、4人兄弟の末っ子である。一人っ子政策に違反したため、両親は穀類で罰金を払った。唐が生まれて、200キロの玄米を罰金として払った。彼の両親はともに読み書きができなかった。4年生になるまで彼には名前がなかった。四番目であるため、「小四」と呼ばれていた。父親はお気に入りの漫才師、唐杰忠を短くして彼を唐杰と呼び始めた。

彼は本好きであった。彼はたまたまノルウェーの小説、「ソフィーの世界」の中国語の翻訳を読んだ。杭州師範大学に進んだ。唐の復旦大学での先生は39歳になる哲学の教授、Ding Yunである。彼はレオ・シュトラウスの翻訳をしている。シュトラウスは政治哲学者で、ハーヴェイ・マンスフィールドなどネオコンが崇拝している。弟子のエイブラムス・シュルスキーはイラク侵攻の前にペンタゴンの特別計画室を運営していた。

Dingは古典の普遍性に対するシュトラウス派の見方を教えており、学生に中国の昔の思想を復活させるように促している。「1980年代と90年代に、ほとんどの知識人は中国の伝統的文化に否定的な意見を持っていた」と彼は言う。

改革の初期には「保守」は「反動」と同じような悪口であった、と彼は言う。中国が世界との統合に向かっているのに背いて、保守主義の新しい流れの中、Dingたちが台頭している。1960年代に米国保守主義の運動が、ポスト・リベラルの流れに乗じたように、中国の古典の復活は、中国であることのノスタルジックなイメージに頼っている。最近の最大のベストセラーは北京の教授の于丹による儒教についての講演を集めた『于丹「論語」心得』である。(講談社から「論語力」として翻訳されている)
http://www.yudan.net.cn/
「われわれは非常に西洋化されたが、中国の古典を読みだして、昔の中国を再発見した」とDingは言う。
唐は米国が中国の台頭を妨害し、経済を超えて幅広い米国の政策へと拡大すると信じている。それは「新しい冷戦」であると考える。

来年は天安門事件20周年を迎えるが、今年の春の出来事からみると、繁栄、コンピュータ、西洋化は中国のエリートの若者を寛容ではなく、生活が良くなる限り、理想主義を後回しにしている。

ハーヴェイ・マンスフィールドは中国を訪問後、次のように書いてきた。「一部の者は次のように見ている。西洋におけるリベラリズムは自分自身を見失った。彼らは原理と自然権に基づいた保守主義のためにレオ・ストラウスに頼った。この保守主義は現状維持の保守主義とは異なる。なぜなら、現状維持だけで原理がない国に満足していないからだ」。

テーマ : 中国 - ジャンル : 海外情報

中国の次の革命 ギ・ソルマン

 ギ・ソルマンの「幻想の帝国」の邦訳が最近出版されたが、ソルマンが「ファーイースタン・エコノミック・レビュー」(7月3日)に「中国の次の革命」と題するエッセイを載せている。ソルマンは豊かな都市と貧しい地方の間の階級闘争は厳しいものになるであろうと予測している。以下拙訳。

 中国共産党の指導者たちは、中国は歴史的・経済的に特殊なケースであると世界に信じてもらいたいと思っている。われわれは中国を人類の進化の普遍的なルールに基づいて理解すべきであろうか?それとも、この異なるとされている文明で起きるすべてのことについて、中国中心の解釈をしなくてはならないのか?私には、中国はもちろん、他の国と同じように異なっているが、西洋で既に起きたよく知られた周期をたどるものと思われる。したがって、中国を理解するためには、孔子よりアレクシス・ド・トクヴィルのほうが今日において参考になるであろう。

 「アメリカのデモクラシー」の後に書かれた「旧体制と革命」(1856年)で、トクヴィルはフランス人がより豊かになり、自由になるにつれて、どのように王制に敵対的になったか説明した。彼はこの逆説を、高まる期待の周期として正しく描いた。フランス人が貧しく、抑圧され、絶望している時は、あちこちでの地方の反乱は除いて、彼らはおとなしいままで、国王を支持した。

 18世紀末に向かって、豊かになり、政権がより寛容になると、フランス人は落ち着きがなくなった。人々が自由を味わい始めると、しめつけに我慢がならなくなる。

 これが今日、中国で十分ありえることである。

 知っての通り共産党は、中国が新たに比較的に豊かになったのは、共産党の政治的独占と啓蒙的専制による、と主張する。確かに、中国人は今日、毛沢東政権の時より自由である。数千人の反体制派の人々が監獄に入れられているが、昔の労改とは比べものにならない。中国では今では個人の意見を表明することは許される。反党組織を作ろうとしない限り、党を批判することも許される。

 中国に通じた中国人以外の観察者は、中国人はこんなに良かったことはなかったと結論を下す。したがって、安定と共産党の独占が優先すべきであると。もしそうなら、チベットで、地震の後での四川で、少女が殺された後での貴州で起きた集団的反乱をどのように説明するのか?
トクヴィルはそうした別々の出来事の間の関連を理解するのに役立つ。中国人はこれまでになく良くなったがゆえに、ますます不満を抱いている。彼らは党に感謝しないであろう。党を排除した方がいいが、どのように党を代えるか誰も知らない。

 これは革命前夜のフランスの状況に似ている。当初はフランスの哲学者と新しい政治指導者は、王制は良くなりうると思った。憲法が採用され、法の支配が宣言された。しかし、王制は崩壊した。なぜなら、専制政治は容易には良くならないからである。

 同じことが中国の共産党にも言える。恐らく、高まる期待を満足させるのに十分早く進化することはできない。権威的政権は柔軟にはならない。抵抗するか、崩壊する。旧体制の不可避的崩壊の後に続いたフランス革命は、トクヴィルにとって、歴史的必然とは見なされなかった。遺憾な(流血の)出来事と見なされた。トクヴィルによれば、国の真の運命は民主主義であった。彼の描いた民主主義は政治体制であるばかりでなく、平等主義の文明でもあった。

 フクヤマのように、この論理は今日ではあまりに決定論的に聞こえる。だが、トクヴィルが正しかったことが証明された。トクヴィルの時代には米国にしか存在しなかった民主主義は、北朝鮮のような国を除いて、程度の差はあれ、どこにでも存在する。中国はもちろん、大きな例外である。

 確かに、村で地方選挙が行われることがある。そこでは外国人オブザーバーがポチョムキンのような雰囲気のもとで招かれる。しかし、そうした地方選挙は都市を汚染しないためのように、へき地の村だけで行われる。さらに、共産党だけが候補者を推薦でき、選挙運動は禁じられている。中央政府は、中国人はどのように投票するか「学習」しなければならないと主張する。それは非常に時間がかかる教育プロセスである。

 また、トップの選挙は党内部で行われ、共産主義者同士で行われる。この人形劇場は民主主義の始まりというより、村での宣伝の道具であり、トップの幹部の延長や政敵を無血で追い出す方法でしかない。これは昔と比べられる進歩であるが、真の民主主義にはほど遠い。

 中国は高まる期待の法則と民主主義の運命から逃れるであろうか?旧体制のフランスから現代韓国までにいたる、中国と他の国との大きな違いは中国文化にあるのではなく、共産体制にある。中国にはブルジョワジーはいない。真のブルジョワジーは政治的権力から経済的に独立している。中国においては、中産階級のほとんどは党に属するか依存している。私有財産はほとんど存在しないし、民間の事業家のほとんどは党との関係に依存している。この擬制の中産階級は、党の独占に既得権益を有しており、民主主義を望んでいない。これはトクヴィルが想定できなかった新しい種類の社会である。

 それではマルクスの出番であろうか?トクヴィルは思想の優位を信じた。マルクスは、財と経済の決定的な力を信じた。トクヴィルよりもマルクスの方が、ほとんどが都市に住む、比較的豊かな中国の中間階級である党支持者と地方の貧しい人々の間の新しい種類の階級闘争を説明できるであろう。どちらの場合も、高まる期待であれ階級闘争であれ、中国がどうなるかは予想困難であるが、安定も調和的進化もなさそうに見える。

数字で見る中国

 英紙インディペンデント(5月10日)は、Simon Usborneによる「数字で見る中国」という記事を載せている。
http://www.independent.co.uk/news/world/asia/china-in-numbers-823666.html
この数字から中国のさまざまな側面が見られた興味深い。

3万:2008年に予想される中国の経営学修士号取得者の数。1998年は0。

570万:2007年に中国の大学を卒業した学生の数(1977年は27万)。

30:中国で建設中の原発の数。

500:中国が今後10年間に建設を予定している石炭火力発電所の数。

1000万:電気がない中国の人々の推定数。

97:今後12年間で建設される新空港の数。2020年には総計244に。

5億4000万:中国の携帯電話利用者数。過去半年で4400万の増加。

180:2007年に逮捕されたり、嫌がらせをされた外国人特派員の数。

67:「中国は、外国メディアに五輪までに“完全な報道の自由”を与えるとした約束を守っていると思うか」という中国外国人特派員クラブの調査に、“no”と答えたジャーナリストのパーセント数。8.6パーセントが”no”と答えた。

33:2008年に監獄にいると思われる中国人ジャーナリトの数。

95:中国で売られた偽DVDの推定パーセント。

20:毎年、上映のために中国の検閲を通った外国映画の数。「ベンハー」(宗教の描写のため)、「ブロックバック・マウンテン」(同性愛のため)、「ボラット」(近親相姦などの描写のため)などが上映禁止になった。

160:100万の人口を超す中国の都市の数。米国は9。英国は2。

80:浙江省温州市橋頭鎮の工場が生産するジッパーの世界でのシェアー(毎年、12万4000マイル、月への半分の距離に相当する)。橋頭は世界のボタンの60パーセントを生産する(年150億)。一方、近くの諸既市大唐鎮は世界の靴下の3分の1を生産する。世界のおもちゃの80パーセントは中国で生産される。中国には1万以上のおもちゃ工場がある。

2100万:米おもちゃ会社マテルに昨年リコールされた中国製のおもちゃの数。

0:1988年の自動車道路の距離。

3万:現在の自動車道路のマイル数。

630万:2007年に登録された乗用車の数(2004年は230万)。北京だけで毎日、1000台の自家用の新車が出る。

68:中国で死刑になりうると思われる犯罪の数。脱税、横領、収賄などの非暴力的犯罪を含む。
3億5000万:喫煙する中国人の数(世界の喫煙者の3分の1)。毎年、約100万人が喫煙に関係する病気で死亡していると思われる。

2400億元:2005年にたばこ税で中国政府が得たと推定される額。

13億:中国の人口。中国は世界の4億のうち、5人に1人を占める。1979年に導入された一人っ子政策で、中絶されたと推定される数。

22:人口10万当たりの自殺者数。世界平均より約50パーセント高い。自殺は、中国の死亡原因で5番目。20歳から35歳の間では1番。

70万:中国のHIV・エイズ患者の数。国連は、措置が取られないと2010年までに1000万に達すると警告している。

450億:中国が毎年生産するはしの推定数。大多数が使い捨て。2006年、中国は同国の森林保護のために、使い捨てのはしに5パーセントの税を導入した。

30:北京のペニス専門料理店、鍋里荘のメニューにある異なる動物のペニスの数。ヤクは約15ポンド、トラ(事前の注文が必要)は3000ポンド。
(1ポンドは約2ドル)


| ホーム |


 BLOG TOP