

「影のCIA」の異名を持つ米国の軍事・情報サービス会社「ストラトフォー」のジョージ・フリードマンは、チベット問題に関する分析報告で二つの地図を示している。ひとつは中国の自然地図、もうひとつは中国と周辺諸国の人口密度を示した地図である。中国の沿岸平野部とガンジス川流域のヒンドスタン平原は人口密度が高い濃い色で染められているのに対し、広大なチベットはラサが小さな点に見える以外は空白地帯である。フリードマンは中国がチベットを手放すことはないと断言する。
この報告は「中国の地政学とチベットの重要性」と題する。フリードマンは「中国は島国である」と言う。中国は侵入困難な地形に囲まれている。侵入するのも、占領するのも難しい。中国にとっても他国に侵入するのは不可能ではないが、極めて困難である。中国は大国ではあるが、行動において、他の大国とは非常に違う制約がある。
中国の地理は二つの部分に分けられる。山岳、西部の不毛な地域と東部の沿岸平野。人口の圧倒的な大多数は沿岸平野部に集中している。東は太平洋。北と北西はシベリアとモンゴルで、人口はまばらで、移動は困難である。南は山岳とジャングルで中国と東南アジアを分ける。南西はヒマラヤ山脈。北西はカザフスタンで中央アジアの広大なステップがある。ロシアの沿海州と中国と朝鮮を分ける鴨緑江のある北東だけが通過できる地点である。これらの地点では軍事力のバランスは中国に有利である。
戦略的に中国は二つの問題を抱えている。中国は海からの攻撃を防がなくてはならない。これは1930年代に日本がしたことである。最初に東北部に侵入し、中国の中心部に向かって南下した。英国と他の欧州勢力が19世紀に、これより小さい規模でやったことである。中国への第二の脅威は西部の人口の少ないところを通ってくる勢力である。モンゴルの北西からの侵入がそうであった。だが、欧州や日本の侵入がそうであったように、その侵入は中国国内の不統一に助けられた。
従って、中国は3つの地政学的な要請を持つとフリードマンは言う。
1.大国が中央政府の防衛能力を弱体化させないように、内部の統一を維持する。
2.太平洋からの侵入を防ぐために強力な沿岸防衛を維持する。
3.通行不能な地理的特徴で中国の辺境をつなぎとめて、中国の周辺を確保する。言い換えると、現在の国境を守る。
中国は太平洋の沿岸防衛を増強しており、新疆とチベットと二つの重要の支配を維持しようとしている。新疆は中国の中心部への進入路となり得るので、中国中心部の防衛は新疆に始まる。新疆が中国のものであれば、蘭州とカザクスタンの間を緩衝地帯にできる。中国はイスラム教徒の分離主義者がいても、新疆を領有するであろう。
中国にとってのチベットの重要性について、フリードマンは次のように分析している。
パキスタン国境のヒンズークシからミャンマー国境まで、山脈を越えて軍の大部隊へ補給するのは不可能である。この国境の真南の地帯に沿ったところは、世界最大の人口集中地帯のひとつである。中国がチベットから撤退すると、人口移動を軍事的に妨げるものはなくなる。中国はこの人口がチベットに移住することを恐れている。そうした移住が起こると、チベットはインドの延長となり、インドの橋頭保になりえる。そのようなことが起きると、インドの戦略的前線は四川と雲南と直接、接することになる。
チベットを保持することは中国の根本的な国家利益である。なぜなら、チベットはヒマラヤにおける中国のアンカーであるからだ。もし新疆が独立すれば。中国とユーラシアの間の緩衝地帯は崩壊する。新疆とチベット、特にチベットは領有するであろう。
中国はダライ・ラマをインドの傀儡と見なしている。中国は、チベットの最近の騒乱はインド政府が扇動し、チベットの中国支配を不安定にさせるためにダライ・ラマを使っていると見ている。中国は、米国が背後におり、五輪で中国を困らせるためと、中央政府に圧力を加えるためにインドとダライ・ラマをけしかけていると見ている。中国はチベットで起きていることと米国が旧ソ連で支持し、鼓舞した「カラー」革命との間の類似性に着目している。
中国はチベットを基本的な国家の安全保障としている。西側でのチベット支持の扇動は中国の国家安全保障の中心を攻撃する試みと見なしている。
中国はチベットをめぐるこの圧力に対する対抗策をほとんど持たない。中国は政治・軍事的選択肢を持たない一方、経済的選択肢も持たない。経済的安定は米国への輸出に依存している。米国の金融市場から資金を引き揚げたら、それを別のところ移さなくてはならない。欧州に投資したら、欧州の金利は下がり、米国の金利は上がるであろう。欧州の資金は米国に流れるであろう。従って、中国が米国の市場から資金を引き揚げるという恐れは幻想である。
中国の大きな危険は常に、中央政府の弱体化と地域主義の伸長である。フリードマンは、中国で起きているほころびとして、チベットでの事件を管理できなかったこと、ディーゼル燃料が非常に不足していること、米やその他の穀物の不足の3つを挙げている。これらは小さなことではあるが、中国のように金回りがいい国に起きるべきことではないとしている。
中国はチベットを領有しなければならないし、領有するであろう。中央政府に高まっている圧力によって、事件を管理する能力が低下しているかどうか。中国が一連のミスをどのように収拾するかが今後を占うものになる、とフリードマンは結論づけている。
フリードマンは1949年ハンガリー生まれ。ニューヨーク市立大学卒業。コーネル大学で博士号取得(政治学)。チュレーン大学教授、ルイジアナ州立大学地政学研究センター所長などを経て1996年、「ストラトフォー」を設立。政府、軍、大企業に地政学的手法を取り入れた独自の分析を提供している。
テーマ : 中国 - ジャンル : 海外情報